先日、敦賀市民歴史講座が開催され、井上武史教授の「歴史の転換点としての北陸新幹線開業」の講演をお聴きしましたのでその一部を紹介します。
敦賀は「鉄道と港」で繁栄してきました。まず、鉄道では明治15年に日本海側で最初に開通、それにより各地から敦賀港に集約された物資が船で国内外へ輸出入されるようになりました。しかし、その後、敦賀から北への鉄道の延伸がはじまると伏木や七尾、新潟とも同じように発展し、これまで敦賀港が独占していた機能が失われ衰退していきました。そしてその後、明治34年にロシアでシベリア鉄道が開通し当時不定期だった航路が結ばれ「欧亜国際連絡列車」も運行され新橋から敦賀経由でのヨーロッパとの最短ルートが完成し再び繫栄しました。このように鉄道の開通と港の開港により盛衰しながら今の敦賀まちが発展してきました。
その後、昭和12年に市制がスターし紡績やセメントなどの工場が進出、また、原子力発電所の誘致などで新たな発展へと続きました。北陸新幹線敦賀開業後の福井県内の経済波及効果は309億円と試算されており敦賀市の年間の乗降客数目標は、330万人(現261万人)、観光入込客数253万人(現228万人)を想定しています
講演の話の通り敦賀は「栄枯盛衰」しながら今日があります。これから周遊等の拡大が期待される駅周辺や港周辺などをどのように活かしていくか、課題も多く一朝一夕にはいきませんが、先進地の取り組みや各業界の皆さんの英知をいただきながら力を集結し地の利を生かしたまちづくりを進めましょう。